映画『アイアンクロー』感想 プロレス弱者でも大丈夫!やるせなくも愛おしい傑作だった

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あらすじと作品情報

1980年代初頭、元AWA世界ヘビー級王者のフリッツ・フォン・エリックに育てられたケビン、デビッド、ケリー、マイクの兄弟は、父の教えに従いプロレスラーとしてデビューし、プロレス界の頂点を目指していた。しかし、世界ヘビー級王座戦への指名を受けた三男のデビッドが、日本でのプロレスツアー中に急死したことを皮切りに、フォン・エリック家は次々と悲劇に見舞われ、いつしか「呪われた一家」と呼ばれるようになっていく。

引用:映画.com
原題:The Iron Claw/2023年/アメリカ/132分/配給:キノフィルムズ
監督/脚本:ショーン・ダーキン
出演:ザック・エフロン/ジェレミー・アレン・ホワイト/ハリス・ディキンソン/モーラ・ティアニー/スタンリー・シモンズ/ホルト・マッキャラニー/リリー・ジェームズ/マイケル・ハーネイ

感想

以下、オチに関わるネタバレは極力避けていますが、内容には触れています。気になる方はご注意下さい。



はじめに

ショーン・ダーキン監督といえば、エリザベス・オルセンの出世作ともなった2013年の『マーサ、あるいはマーシー・メイ』、2019年のジュード・ロウ主演『不都合な理想の夫婦』。どちらも切り口、語り口こそ異なりますが、「男性性の有害さ」をテーマとしており、ぶっちゃけ非常に不愉快(誉め言葉)かつインパクトの強い作品でした。
そんなフィルモグラフィーを持つ監督の新作が、実在のスター選手をメインに据えたプロレスものというのは、(第一報を耳にした時点では)ちょっと意外。というか、予告を観れば今作も「有害な男性性」が主題になっているのだということは明白で。そこに驚きはないものの、抑えた演出で観る側をじわじわと追い込んでいくようなタッチが印象的な監督が、プロレスなんていうベタに派手なスポーツをどう見せるのか。個人的にはそこがとても気になっていたのですが…。

とんでもなく絶望的、でもありえないほど美しい

なんのことはない、まごうことなき傑作でした。感銘を受けたシーンはたくさんありますが、まずは主演のザック・エフロンを筆頭に、完璧に身体を仕上げてきたキャストたちによる試合シーン。試合部分はチャボ・ゲレロ・ジュニア (作中ではザ・シーク役として登場、プロレスファンなら知ってるすごく有名な選手らしい)監修ということで、圧倒的な迫力があるのはもちろん、リングをまるで牢獄のように、息詰まるような空間として見せていたと思いきや、別のシーンでは華やかなショーが行われるステージのようにライトアップしていたり。リングそのものが感情を持っている生き物であるかのような演出がなされていて、それが演者たちの迫真の芝居にさらなるエモーションをもたらしていました。
試合や練習のシーンだけではなく、庭で兄弟と遊んだり、恋人と親交を深めたりするシーンも技巧的。同監督の他作品同様、多くの場面で光(もしくは影)の使い方が象徴的なんですが、積み重なったその明暗のイメージが最終的にクライマックスでものすごい効果を発揮します。
個人的にはバイクのシーンが印象的で。ものすごく不安を煽るような、揺らぐヘッドライドが映す夜道のみの爆走シーンが続き、でもそのカットでは何も起こらない。ひどい怪我をしていることがわかるのは、緊張感のピークが少し過ぎた次のシーン。松葉杖をついていることで、なにが起こったのかが示されます。(実話なので)ここで事故が起こることは知っている人も多いと思うんだけど、それでも微妙にタイミングがずらされて、ちょっと「あれ?」となると思う。逆に拳銃を使うシーンなんかは唐突なくらい突然だったりして、なんだか終始妙な違和感につきまとわれる感じ。

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そんなふうに、細かにタイミングを外されるところが、1回観ただけでは拾いきれないくらいたくさんあって。ひそやかに積み重なっていくそれが、クライマックスに向けて「小さなころから毒親のもとでマインドコントロールされてきた人間」のリアル(たとえば「気のせいと流してしまいがちな違和感」とか「違和感が膨らむ中でも失いたくないと感じてしまう家族の絆」が複雑に絡み合って混乱したり、思考がストップしてしまうさま)をじわじわ浮かび上がらせていきます。また適度な引っかかりは、(ある程度の流れを知っているかもしれない)観客を退屈させることもなく、派手さはなくても周到こちらの心を掴んでいき…。

愛を感じるクライマックス

このあたりはかなり終盤の大切なシーンなので、くわしい説明は省きます。ですがやがてたどり着く幕切れは、これがまたなんとも清らかというか優しくて。降り注ぐ光と、冒頭と対になるような兄弟たちの笑顔。唐突に溢れ出すこの穏やかさは、これまでのショーン・ダーキン監督作にはなかった空気です。それはもしかしたら本作を公認しているケビン・フォン・エリック本人の希望を汲み取ってのものなのかもしれません。いや、ケビンや監督自身のインタビューなんかを読んでると、たぶんそれが最右翼。

それから(鑑賞後に知ったことですが)実は監督自身もかなりのプロレス好きらしく、フォン・エリック・ファミリーの活躍はリアルタイムで知っていたとのこと。だから思い入れがあって、正直絶望しかないドラマの最後に、なんとか彼らを救いたいという気持ちがあったのかも。

父親にほぼ洗脳されていた兄弟たちは基本的に感情を表に出さず、語り口も抑えたものだっただけに、この緊張が一気にほどけるラストのワンシーンは掛け値なしに圧巻です。安易な再現にとどまらない、愛情や遺憾が溢れる「実話もの」味わい深さに、わたしの涙腺は今年一番の凄まじさで決壊。久しぶりに頭痛がするほど泣くくらいに、感情を持って行かれたのでした。

参考

最後に一応。本作を観るにあたってプロレスの予備知識は必要なしです。知っていたら楽しめる要素(当時活躍していたレスラーが登場するなど)は増えるかも知れませんが、テーマは「家族」なので。

ただ「アイアンクロー」という技も知らない、という感じなら、ウィキペディアの「フォン・エリック・ファミリー」の項をサラッと流し読んでおくといいです。もちろん読まなくても大丈夫。

ちなみに、わたしのプロレスに関する予備知識はこの程度。

  • アイアンクロー→知ってる、酔っ払うとやる人いた
  • フォン・エリック・ファミリー→知らない

でも映画は最高でした。

ひとつだけ懸念があるとしたら、一家の父親、フリッツの毒親ぶり。彼はわかりやすく暴力を振るったりするわけじゃなく、一方的な愛情を笠に着て子供たちを追い込んでいく相当たちの悪い感じの毒親です。そこにトラウマや苦手意識のある人は気を付けてくださいね。