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引用:映画.com
あらすじと作品情報な
1984年、ナイキ本社に勤めるソニー・ヴァッカロは、CEOのフィル・ナイトからバスケットボール部門を立て直すよう命じられる。しかしバスケットシューズ界では市場のほとんどをコンバースとアディダスが占めており、立ちはだかる壁はあまりにも高かった。そんな中、ソニーと上司ロブ・ストラッサーは、まだNBAデビューもしていない無名の新人選手マイケル・ジョーダンに目を留め、一発逆転の賭けと取引に挑む。
引用:映画.com
ざっくり概要と予告編(ネタバレなし)
2016年の『夜に生きる』以来、久しぶりのベン・アフレック監督作となります。しかも主演は、公私ともに超なかよしのマット・デイモン。このコンビといえば、2021年のリドリー・スコット監督作『最後の決闘裁判』で脚本と出演で関わっていたのが記憶に新しいですが、ベン・アフレック自身の監督作にマット・デイモンが出演するのは初とのこと(ちなみに今回も、クレジットはされていないものの2人は脚本に深く関わったのだそう)。その他のキャストも、ジェイソン・ベイトマン、ヴィオラ・デイヴィス、クリス・メッシーナ、クリス・タッカーと魅力的な面々が名を連ねていて、この時点でかなり期待が高まります。
とはいえ、わたしがひとつだけそそられなかったのは今回の題材、ナイキの代表作エアジョーダン発売までの顛末という物語。私はマラソンをするので、2017年のヴェイパーフライ登場以降ナイキをめっちゃ愛用してはいるのですが、正直バスケットはまったく興味がなく(それはもう『スラムダンク』すら1ページも読んだことがないという)、日本でエア・ジョーダンブームが起こった90年代半ば頃も「ニュースで見たような」「友達が騒いでいたような」という程度の記憶。実話ものと言っても過去の監督作『アルゴ』のようなユニークな事件の話でもなくて、『ゴーン・ベイビー・ゴーン』や『ザ・タウン』みたいな個人的に好きな裏社会ものというわけでもない。それこそ作中のせりふではありませんが、「言うても靴でしょ?」というテンションだったのですけれども。
実際鑑賞して反省しました。ごめんなさい。私、ベン・アフレックを舐めてました。本作は「エア・ジョーダン誕生秘話」をモチーフとしてはいるものの、バスケやスポーツに造形は深くなくても全然OK。ビジネスを軸に「信念」や「信頼」という極めてシンプルな主題を扱っており、基本オフィスで進むドラマにアクションの派手さはないのですが、それを上回るせりふのよさや工夫を凝らした見せ方、さらには俳優陣の芝居うまさが際立って、素晴らしく観やすい作品に仕上がっています。
またルックが突き抜けてすばらしく、まずは美術がすごくリアルな上に、映画全体のトーンもすごく当時の空気感を意識して調整されていて。これは私前後の世代にとってはめっちゃなつかしく、また若い人にとっては新鮮なビジュアルになっているのではないかと思います。
普遍的なテーマを軽快なやりとりでキレよく、突き抜けた軽やかさで描く、どこまでもザ・アメリカな魅力に満ちた作品は、ありそうで昨今あまりない作風。しかもそれを陳腐に見せない職人技が随所に光り、しかもランニングタイムは110分。これまた疲れなくてすばらしく、映画観たいけどあんまり時間ないんだよね、という人も含めて、誰にでもおすすめできます。楽しかったです!
感想(ネタバレ注意)
以下、ネタバレがあります。
冒頭からストレートながら小技が光る
まずは冒頭、ダイアー・ストレイツの『Money for Nothing』をバックに、舞台となる1984年代のトレンドをまとめたフッテージが流れます。ダイアナ妃とかRun-D.M.C.とか『ビバリーヒルズ・コップ』とかリドリー・スコットの傑作CM『1984』とか、くわしくなくて名称が分からないのですが携帯ゲーム機もあったし、個人的にまさかのピックアップはスタローンの『クラブ・ラインストーン 今夜は最高!』。これはDVDの発売も配信もない(当時はVHSがあった)、スタローン映画の中でもかなり幻のタイトルとなるんですよ!
で、そのあとは学生と思しき男子たちのバスケットボールの試合っぽいシーンへ。映像の質感から、これはおそらくマイケル・ジョーダンがらみのフッテージなのだろうと思っていたら、その中に超ナチュラルにマット・デイモンがいるではありませんか!
ここは本当に、ぼんやりしていた私は目が覚めました。マット・デイモン演じる主人公ソニーは実在の人だから、私は一瞬ご本人なのかと思って「そっくりじゃないか!」と思ったくらい。でもこれは間違いなくマット・デイモンで、聞けば何でも一度撮影した映像を、一旦古いベーカムに落として当時の映像や色合いを再現しているのだそう。
引用:映画.com
で、そこから流れるように映画本編へと入っていくのですが、いきなりかなりハイスピードな会話の応酬。このパターンもなんか80年代ぽいです。それこそ『ビバリーヒルズ・コップ』とか。せりふが多いって最近の映画に関してよく言われることだけど、悪い例として言われるせりふの多さというのは「説明的」になってしまっているから。言わなくて言いこと、むしろ言わない方が伝わることまで逐一せりふにしてしまうから陳腐なわけで、本作のせりふはとても自然。ごくナチュラルなやりとりの中に、ナイキのバスケットボール部門の内情、各キャラクターの立ち位置はもちろん、人となり、境遇までもが織り込まれています。何ならちょっと情報が多すぎて「ええと…」となるところがなきにしもあらずなのですが、そこはそれ。この映画がどういう話かはたいていの人は観る前からある程度分かっていると思うし、キャラクターのバックボーンもさほど本筋に関係なく、あくまでドラマに深みを持たせる一要素なので、多少スルーしてしまっても大丈夫という計算高さ。
繊細な緩急とベテランの演技に心酔
で、怒濤の掛け合いで始まる冒頭からテンポはそのままに、いよいよマイケル・ジョーダン獲得プロジェクトが本格的にスタート。物語の性質上メインになるのは「交渉」なので、どうしても画が平板になるんじゃないのかなと思いきや……。
これがもうちょっとびっくりなくらい退屈しない。理由はひとつには、掛け合いだけでしっかり緩急が出来ていること、それを演じる役者陣の芝居が半端なく上手いこと。特にビオラ・デイビスのターンは本当にすごくて、このプロジェクトが最終的にはうまくいくことは分かっていることなのにハラハラさせられました。ここはさすがオスカー女優というのもあるし、いくら結末が分かっていても、ここまでの過程で「この商談の成否がナイキ組の進退を決する」こともある程度示されているのでいやが応にも気持ちを持って行かれるという……脚本と芝居、両方の上手さの相乗効果ですよね。
そしてもうひとつこの作品のポイントになっているのが、マイケル・ジョーダンの顔が映らないこと。後ろ姿や首から下は映るし、時々しゃべったりもするのですが、顔は絶対映らない。これが妙にスリリングでした。ソニーが話しているあいだ、各社のプレゼン中、いったい何を考えているんだろう、どんな表情をしているのだろうと、なんだかとても気になってしまって、思わず首を傾けてのぞき込めば見えるんじゃないかと思ったり。もちろん見えるわけはないのですが、そういう方法で観る側の気持ちをコントロールする、興味を途切れさせない。映らないからこそ気になる。これも映画にしかできない、見せないという見せ方。
さらにマイケル・ジョーダンに関しては、彼自身の足跡(映画内のタイミングではまだ分かっていない、その後の彼の活躍や苦悩や悲劇)を、駆け足ながらしっかり見せてしてくれるところがあって。私は恥ずかしながらマイケル・ジョーダン弱者だったんで、はじめて知る事実もたくさんありました。こういう情報の入れ方も入れるタイミングも、ちょっとありそうでない感じ。映像に重なるマット・デイモンのせりふにも熱がこもる部分なので、その熱さにもひっぱられ、なんだかとても印象に残りました。
あと、これはかなり個人的なツボかもしれませんが、マシュー・マー演じるピーター・ムーアの部屋もよかった。あの部屋だけなせかブルーのライトに照らされていて、他のシーンとまったく違う雰囲気。ピーター・ムーアにも科学者みたいな風情があって、オフィスメインで進むロケーションの中で明らかに異彩を放っていたし、なんとなくコックピットみたい。普通にかっこよかくて、配信で観られるようになったじっくりゆっくり眺めたいと思っています。
他にも細かいところで、クリス・メッシーナ演じるデイヴィッド・フォークのキャラが立ちすぎているとか、クリス・タッカー久しぶり、しかもいい役!とか、後半立て続けに変わるビオラ・デイビスのスーツ姿が超かっこいいとか、音楽にあまりくわしくない私でも知ってる曲、つまり80年代のスーパーヒット曲が惜しげもなく流れまくるとか、電話のバラエティ豊かな形状とか、PCとか、オフィスの壁の色とか、そもそも映像のトーンや質感がすごくレトロで味わいがあるとか……。
流行の80年代を舞台とした映画はここ数年たくさん作られていますが、その中でも特にいろいろなものの印象が強く残りました。これは美術もだけど、やっぱりロバート・リチャードソンの撮影がすごいんだろうな。
ちなみにストーリーそのものは、わかりやすい上に素人が真似したら大怪我をしそうなレベルのファンタジックなビジネス成功譚。もちろん事実はこの限りではないと思うし、美化されている部分も多いと思います。あまり真に受けない方がいいとは思うのですが、やっぱりキャラクターが魅力的だし、なにしろ演技が最高によくて納得させられてしまいます。
観る人間の知的好奇心をくすぐり、アメリカンドリームに酔わせ、名人芸の数々も惜しみなく見せて……何なら金持ち(フィル・ナイト)がより金持ちになる映画というところが気になるといえば気になる部分ではありますが、観賞中はとにかくサクセスに向かってド直球。観客をとにかく上機嫌にさせるという、大いにアメリカ的な魅力に満ちていて、とても楽しい映画でした。
おわりに
ベン・アフレックは、俳優としてはもちろん、作り手としてもとても才能のある人。これまでのキャリアを振り返れば、それこそイーストウッドクラスのレジェンドの後継にもなれるんじゃないかと思うくらいのラインナップだし、相応の評価を受けてきました。ただ、何かとプライベートの浮き沈みの激しい人で(いつも思うのは、目元がとても繊細そうだなということ)。だからこそ細やかで説得力のある人間ドラマが描けるのかとも得心するのですが、やっぱりもうちょっと監督作がコンスタントに観たい。特に本作は、過去の監督作とも雰囲気ががらりと変わったので、その気持ちは一段と募ります。
で、なんで今回こんなに一皮向けたようなすがすがしい映画を作ろうと思ったかなと考えてみると、やっぱり2022年に飛び込んできたジェニファー・ロペスとの復縁が大きいのかなと。なんなら彼女とアレックス・ロドリゲスの破局が報じられた前後から(タイミング的に予想するだけですが)ふたりには復縁の兆しはあったんだろうし、そうなるとこの作品の製作過程は、丸々ふたりのハッピーな時期と重なっていたのではなかと思うとやっぱりクリエイターってメンタルって大事。苦境にあるほうがいい映画を撮る監督というのももちろんいますが、ベン・アフレックみたいな職人技の光る娯楽作品を作る人は、やはりご本人の幸福度が高い方がいいものを作るような気がします。
ジェニファー・ロペスも繊細なところのある人だし、ふたりとも大スターなわけで、先々大変なこともあるかもしれませんが2度目の交際な上に年齢も年齢、ぜひ今後はお互いのクリエイティブにいい影響が出るお付き合いを!と、こんなところで叫んでも仕方がないことは理解しつつ、私はジェニファー・ロペスも大好きなのでいつか共演とかしてほしいし、何にしても次回作、今からとても待ち遠しい次第です。

