映画『テトリス』感想 レジェンド級ヒットゲームが題材の風変わりなお仕事もの(ネタバレあり)

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あらすじと作品情報など

米ソ冷戦のただ中にあった1988年、アメリカのビデオゲームセールスマン、ヘンク・ロジャースはソビエト連邦のコンピュータ科学者アレクセイ・パジトノフが考案した「テトリス」の存在を知る。そのゲームを世界に発信しようと考えたヘンクは、危険を冒してソ連へと渡り、アレクセイに会う。2人はテトリスを大衆に広めるため奔走することになるが、そんな彼らの前には冷戦の東西陣営を隔てる鉄のカーテン、そして張り巡らされた嘘や腐敗した世界が立ちはだかる。
原題:/2023年/イギリス/117分/配信:Apple TV+ 監督/ジョン・S・ベアード/脚本:ノア・ピンク 出演:タロン・エガートン/ニキータ・エフレーモフ/トビー・ジョーンズ/ソフィア・レベデバ/アンソニー・ボイル/山村憲之介/文音
引用:映画.com

ざっくり概要と予告編

ざっくり概要と予告編(ネタバレなし)

1989年、任天堂の携帯ゲーム機『GAME BOY』の看板ゲームとして日本でも発売されたパズルゲーム『テトリス』。今や、あまりゲームとは縁のない人でも知らない人はいないだろう、いわゆる「落ちゲー」のレジェンド級大ヒットゲームです。シンプルなシステムはもちろん、渋すぎる音楽やキャッチーなキャラクターなどの一切いないビジュアルが、当時としてもレトロな雰囲気を醸し出すゲームであったことは、ある程度以上の年齢の人なら記憶にあるのではないでしょうか。

わたし自身のテトリス体験は、セガのアーケード版が最初。わたしはゲームは嫌いではなかったんですがとにかく下手で、格闘ゲームやシューティングゲームは難易度が高く、ゲームセンターで手を出そうモノなら100円玉が湯水のように消えていく。それが『テトリスならそこそこ楽しめるということで、わりとはまりました。開発やライセンス周りの話(ソ連のゲームだとか、ライセンスがはっきりしないとか)も、当時ちょいちょい耳にしたり、しなかったり。

本作は、そんな『テトリス』のライセンス争奪戦を描いた実話ベースのお仕事もの。それだけでけっこうおもしろそうなんですけど、作中、なかなか大胆な見せ方の工夫やデフォルメが随所になされていて。メインはソ連を舞台に展開する腹の探り合い&騙し合いという、ともすれば複雑、かつ陰気になりそうなドラマなんですが、それがまあ観やすい、そして楽しい!

この意外な楽しさは、本編ド頭、80年代ぽくアレンジされたロシア民謡「コロブチカ」(GAME BOY版「テトリス」の音楽)に乗って登場した「Marv」のロゴを見るまで、プロデューサーとしてマシュー・ヴォーンが入っていることすら知らなかった私には嬉しい驚き。けっこうヴォーン味、ある。

キャストは、日本での「テトリス」のライセンスを手に入れようと奔走するゲーム会社「BPS」の社長、本作の主人公となるヘンク・ロジャースに、マシュー・ヴォーンのお気に入り、タロン・エガートン。見終わってからいろいろ調べるうちに、イギリス人どころか白人でもない(よね?)ヘンク・ロジャースを彼が演じるって大丈夫なんだろうか、と心配になったのですが、本作の公開に合わせていろいろなところで顔出ししている(プロデューサーとしても参加している)ヘンク本人の映像を見る限り、なんとも陽性の佇まいが似ているので驚きました(是非はあるようですが、まあ、あくまで完成した作品についての私の感想ということで)。

また彼と対立するメディア王、ロバート・マクスウェルの息子、ケヴィンアンソニー・ボイル、同じくライセンスを手に入れたい実業家、ロバート・スタイントビー・ジョーンズがそれぞれ演じており、わりとクセ強なキャスティングがお互いを探り合う演技合戦も一見の価値があったし、日本人としてはヘンクの奥様を演じた文音にも興味津々。不勉強な私は知らなかったのですが、聞けば長渕剛と志穂美悦子の娘さんとのことで…どちらにも似てるからびっくりです。志穂美悦子といえばJACですが、アクションやってたりしないのかな。

監督は、2018年の『僕たちのラストステージ』でも実話ベースの作品を手掛けていたジョン・S・ベアードがつとめています。

感想(ネタバレ注意)

※以下ネタバレあります。

知ってる&あるあるで冒頭から高まる高揚感

先にも書いたように、ロシア民謡「コロブチカ」をダサかっこよくアレンジしたバージョンで始まるオープニングに、ドット絵で紹介されるロケーション、そして同じくドット絵で「PLAYER1」として登場するヘンク・ロジャース。知っているものが視覚聴覚に溢れてくることと、思っていたのと全然違う映画の雰囲気にまずは軽く驚かされます。

そこから、自作ゲームが売れなくてピンチに陥っているヘンクが、ラスベガスの見本市で「テトリス」の日本での販売権を獲得、融資先の銀行を説得するという体で、「目を瞑ればブロックが落ちてくる」程すごいゲーム「テトリス」の魅力を熱弁、さらには任天堂の…や、山内社長登場!?似すぎなんですけど…。

ちなみに、このハンク・ロジャースという人、作中では触れられていませんが、実は日本のファンタジーRPGの先駆けと言われる『ザ・ブラックオニキス』の制作者。この時点でゲーム業界ではそれなりに名の知れた人だったわけで、だからこそ山内社長に直談判してもギリ許される立場の人だったという。これ、普通の人がまねしてはいけないやつ。

で、とにかく序盤はせわしなく映画スタート時の登場人物たちの立ち位置や関係性、ライセンスの現在位置が説明されるんですが、これもドット絵を使って説明してくれるから、私のようなややこしいのがダメな人間にも明快。その後も、実は即金で利益が出ると見込んでいたアーケード用のライセンスが「セガ」に売られてしまっていたことが発覚(だからゲーセンの「テトリス」はセガだったのね)、ピンチに陥ったヘンクは山内社長に相談、山内社長はアメリカで開発中だった携帯用ゲーム機「GAME BOY」を紹介し…。 開発中の「GAME BOY」と「テトリス」の邂逅、まだ始まって数分なのに、展開早い、そして熱い!

ここからヘンクは、やがて必ず来るだろう携帯用ゲーム機の新時代に向けて携帯用ライセンスの取得を決意します。現時点ですべての業態のライセンスを所有していると思われた「ミラーソフト」のケヴィン、さらには「ミラーソフト」に権利を売った「アンドロメダ・ソフトウェア」ロバート・スタインに交渉するも、彼らの詰めの甘さや内輪揉めに巻き込まれ事態はどんどんややこしいことに。ついにヘンクは単身ソ連へ向かうことになるのですが…。

中盤以降はぐっとサスペンスフルに

まずは寒々しいロケーションが怖い、そして立ちはだかる「共産主義」が怖い。

舞台がソ連に移ると、まずはその空気感の乱高下に戸惑います。序盤からヘンクの前には何かと困難が立ち塞がっていましたが、そこでの敵はわかりやすい「資本主義」。つまり強大ではあるけれど、ヘンクと基本的な価値観は変わらないんですよね。でもここからライセンス争奪戦に参加する相手はまったくの未知で、価値観も違えば、言葉も分からない。すでにペレストロイカ以降なので米ソの緊張は少しづつ緩和されはじめていたとはいえ、「商売しましょうよ」と乗り込んで好意的に迎えられるはずもなく。

ヘンク、ケヴィン、スタインとソ連側の面々が一堂に会し、契約書をめぐって二転三転。すべてのやりとりは「テトリス」の権利を持つソ連の国家機関「ELORG」の薄暗い部屋で行われるので、絵的には全く派手さはないのですが、互いに別室にいる見えない相手の腹を探りながらの攻防戦はスパイ映画さながらの緊張感があります。実話ベースだから最終的に笑うのはヘンクだと分かっているのですが、それでも気持ちが振り回されるのは見せ方やテンポが上手いからでしょうか。

さらに、このソ連パートでもうひとつ見逃せないのが、ライセンス争奪戦と同時進行で進む、ヘンクとテトリスの開発者アレクセイ・パジトノフとの友情で。環境や価値観が違っても、クリエイター魂があればこうも瞬時に打ち解けられるのだなと救われるし、実際この2人はその後、共同で「ザ・テトリス・カンパニー」を設立、現在も仲良くしているというのだから、その絆に嘘はないという…なんとも素晴らしい説得力!

そんなこんなで大団円へ

最終的には当然、ヘンクがライセンスを獲得します。でも正直、それはいろいろな人の思惑や、偶然が重なってもたらされました。もちろん、ソ連に対しても終始誠実に向き合い(ハッタリはかましてましたが)、ものづくりにも造詣の深いヘンクが、朴訥な国の人たちからもある程度の信頼を勝ち得、それが功を奏したことは間違いないのですが、それだけではこの戦いには勝てなかったはず。

彼がライセンスを手にできたのは、自分たちと違う価値観を持つ人たちを見下し、舐めていた人、私欲に走った人の自滅や、それをよしとせず正しい取引をしようとした人の存在、さらには大きな時代の流れなど、さまざまな要素がうまく転がったから

実際、世に溢れる成功譚というのは偶然による部分が大いにあって。そこがドラマチックだからこそ映画にもなったりもするわけですが、特にお仕事ものの場合、フィクション以上に「ありえない」が重なり、わりと鑑賞後の気持ちよさは、案外弱めだったりすることが多い。結果、「信じられないね」「でも勉強になったね」と、わりとあっさり終わるんだよな、というのが、ちょっとひねくれた私の実話ベースものに対しての固定観念だったのですが…。

本作に関しては、クライマックスに大胆な「遊び」を持ってくることで、なんとも心地よいカタルシスがありました。これは観た人ならすぐに分かると思いますが、間違いなく「嘘でしょ」と分かるレベルのやりすぎカーチェイスと脱出劇。ないわー、そもそも現実ならこういうタイミングほど行動は地味になるはずよ! ここはもうね、完全にやりすぎで、一目瞭然で「嘘だあ」って思うんだけど、それまでに派手さがなく、この先もないだろうという予想を裏切られるため、振り幅の効果は絶大。ヘンクをはじめ、それぞれの立場でまっとうに、誠実にビジネスをしようとしているキャラクターに感情移入していることも相まって、素直に上がる!そして楽しい!!

この高揚感で、実話ものの宿命である「これは、映画になるくらいすごい人に幸運の重なった話だから」というどこか冷めた気持ちをいい感じに霧散してくれて、鑑賞後は「細かいことはどうでもいい、とにかくおもしろいんじゃー」というスカッとした気分になれました。あまりに社会派だったり、多くの人が不幸になったような事件なんかでは絶対出来ない手法ですが、そのあたりのさじ加減のうまさも作り手のセンス!

そうそう、センスと言えば音楽使いにも定評のあるマシュー・ヴォーンですが、本作でも『Holding Out For A Hero』とか『The Final Countdown』とか。80年代のベッタベタな大ヒット曲ですが、使い方がおもしろいのでそのへんも注目ですよ。

さいごに

『テトリス』はApple TV+で観ることができます。

私のまわりではあまり入っている人がおらず、おすすめできなくてもどかしいのですが、人を選ばす楽しめる作品です。鑑賞可能な環境にある方はぜひ!