2025年5月後半に劇場で観た映画の感想を書いています。
- ガール・ウィズ・ニードル(テアトル梅田)
- ノスフェラトゥ(大阪ステーションシティシネマ)
- デビルズ・バス(なんばパークスシネマ)
- サスカッチ・サンセット(なんばパークスシネマ)
どことなくシュールなラインナップとなってしまいました。
どの作品も、少なくとも料金分はしっかり楽しめたのですが、印象に残っているのは『デビルズ・バス』です。
ガール・ウィズ・ニードル(テアトル梅田)
第1次世界大戦後のデンマーク、コペンハーゲン。お針子として働きながら、貧困から抜け出そうと必死にもがく女性カロリーネは、恋人に裏切られて捨てられたことで、お腹に赤ちゃんを抱えたまま取り残されてしまう。そんな中、彼女はダウマという女性と出会う。ダウマは表向きはキャンディショップを経営しているが、その裏で秘密の養子縁組機関を運営しており、貧しい母親たちが望まない子どもを里親に託す手助けをしていた。ダウマのもとで乳母として働くことになったカロリーネは、ダウマに親しみを感じ、2人の間には絆も生まれていくが、カロリーネはやがて恐ろしい真実を知ってしまう。
引用:映画.com
監督:マグヌス・フォン・ホーン/製作:マリウシュ・ブロダルスキ マリーヌ・ブレンコフ/製作総指揮:ヘンリク・ツェイン ロネ・シェルフィグ/脚本:マグヌス・フォン・ホーン リーネ・ランゲベク/撮影:ミハウ・ディメク/美術:ヤグナ・ドベシュ/衣装:マウゴジャータ・フダーラ/編集:アグニェシュカ・グリンスカ/音楽:フレゼレケ・ホフマイア/キャスティング:タニア・グロンバル
出演:ビク・カルメン・ソンネ/トリーヌ・ディルホム/シーア・セシーリ/ヨアキム・フィェルストロプ/テッサ・ホーダー/アバ・ノックス・マルティ
第一次大戦後、コペンハーゲンで実際にあったとんでもなく陰惨な事件をベースとした実話ものです。
冒頭から主人公カロリーネをとりまく状況がとにかく悲惨で救いがないのですが、それを抑えたまなざしで淡々ととらえ続けるモノクロの画面がなんとも無情。でもこの低体温感があるからこそ、理解しがたい世界をなんとか見続けていられるのかも。音楽も耳障りなノイズみたいで独特です。
ちょっとネタバレになりますが、本作で取り扱われる陰惨な事件というのはいわゆる「間引き」です。古くは日本でもあったみたいだけど、そういった鬼畜な所業の発端となるのはまず貧困、そして救いようのない貧困の引き金になるのは、多くの場合戦争であることが多いわけで。
ほんと、戦争どうしようもない。そしてそんなどうしようもない状況でも己の欲望しか興味のないクズ男のせいで、産む性である以上引き受けざるを得ない女性の業。作中で起こる事件は決して許されるものではないけれど、だったらどうすればよかったのか。女は子供を抱えて死ねば美しいのか……。
観終わったあとはそんなことをひたすらもやもや考えました。ラストシーンはわずかに光の差す幕引きだったけど、後味の悪さ的にはハネケに引けを取らない息詰まり具合。多くの人に観てほしい作品ではありますが、痛い描写も多いのでご覧になる際にはじゅうぶん体調を整えて。くれぐれも陰鬱な世界に、必要以上に引っ張られないようご注意ください。
ノスフェラトゥ(大阪ステーションシティシネマ)
不動産業者のトーマス・ハッターは、仕事のため自身の城を売却しようとしているオルロック伯爵のもとへ出かける。トーマスの不在中、彼の新妻であるエレンは夫の友人宅で過ごすが、ある時から、夜になると夢の中に現れる得体の知れない男の幻覚と恐怖感に悩まされるようになる。そして時を同じくして、夫のトーマスやエレンが滞在する街にも、さまざまな災いが起こり始める。
引用:映画.com
監督:ロバート・エガース/製作:ジェフ・ロビノフ ジョン・グラハム クリス・コロンバス エレノア・コロンバス ロバート・エガース/製作総指揮:バーナード・ベリュー/脚本:ロバート・エガース/撮影:ジェアリン・ブラシュケ/美術:クレイグ・レイスロップ/衣装:リンダ・ミューア/編集:ルイーズ・フォード/音楽:ロビン・キャロラン/キャスティング:カーメル・コクレイン
出演:ビル・スカルスガルド/ニコラス・ホルト/リリー=ローズ・デップ/アーロン・テイラー=ジョンソン/エマ・コリン/ラルフ・アイネソン/サイモン・マクバーニー/ウィレム・デフォー
デビルズ・バス(なんばパークスシネマ)
18世紀半ば、オーストリア北部。古くからの伝統が残る小さな村に嫁いできたアグネスは、夫の育った閉鎖的な世界や村の住人たちになじむことができず、憂うつな日々を過ごしていた。アグネスは彼らの無神経な言動やおぞましい儀式、何かの警告のように放置された腐乱死体など異様な光景を日常的に目撃し、精神的に追い詰められていく。極限状態のなかで現実と幻想の区別がつかなくなった彼女を、村人たちは狂人あつかいするようになる。やがてアグネスは、この世界から自由になることを求めて驚くべき行動に出る。
引用:映画.com
監督:ベロニカ・フランツ セベリン・フィアラ/製作:ウルリヒ・ザイドル/製作総指揮:ウルリヒ・ザイドル ベティーナ・ブロケンパー/脚本:ベロニカ・フランツ セベリン・フィアラ/撮影:マルティン・ゲシュラハト/美術:アンドレアス・ドンホイザー レナーテ・マルティン/衣装:ターニャ・ハウスナー/編集:ミヒャエル・パルム/音楽:ソープ&スキン
出演:アーニャ・プラシュグ/ダービド・シャイド/マリア・ホーフステッター
家父長制、女性蔑視、多様な生き方を認めない風潮……そういった忌むべき価値観を恐怖で植え付け、人を追い込むばかりか人を人たらしめる人間性まで奪い去ってしまう宗教。それによって生まれたさまざまなひずみを、最終的に引き受けざるを得なかった社会的弱者(女性、さらには子供)の悲劇(実話)を描いています。
18世紀のオーストリア山間部の村が舞台なので、ロケーションは美しく、作りこまれたフォークホラーのごとき視覚的に豊かな趣もありますが、本作で描かれていることは現代でも思い当たることばかり。日本では宗教的マインドセットというのはそこまで深刻ではありませんが(もちろんあるのは分かってる)、単一民族国家特有の閉鎖的な特性ゆえか、女性の生き方について「いろいろな選択がフラットに可能」というところには、いまだまったく行き着いていない気がします。
実際、私も結婚していたことがあるので、子供を期待されるのは常に女、できないのは私のせいじゃないのになぜか私が詰められる(悪気がないことも多い)、それに対して相手(当時)にクレームを申し立てるもまともに向き合ってもらえず、子供が持ちたいのか持ちたくないのか、持てないのかということを問うても明快な返事が返ってこない……っていう主人公の状況はうんざりするほど理解できました。この頃とりつかれていた孤独感や劣等感はひどくて、最終的に心身を大きく崩した際の後遺症が今も残っています。もっと早く逃げ出せばよかったと本気で思ってるし(作中と異なり、今は逃げることは可能なので)、さらにひどいことになって自分で自分をコントロールできない、まさに本作の主人公のようなことにならなくてよかったと思ってます。
シリアルキラーも悪魔も出てこないのに、心当たりのある人間にとっては凡百のホラーより怖くてやばい物語。上述の『ガール・ウィズ・ニードル』とも合わせて、大昔の怖い話としてじゃなく、このテーマが今映画化されることについて、より多くの人が考えてくれるといいな、なんていうことを考えたりしました。今苦しい人、人はもちろん自分のことも思いやれるうちに、心も体も少しでも余裕があるうちにちゃんと逃げるんだぞ。
サスカッチ・サンセット(なんばパークスシネマ)
北米の霧深い森で暮らす4頭のサスカッチ。寝床をつくり、食料を探し、交尾をするという営みを繰り返しながら、仲間がどこかにいると信じて旅を続けている。絶えず変化していく世界に直面しながら、生き残りをかけて必死に戦うサスカッチたちだったが……。
引用:映画.com
監督:デビッド・ゼルナー ネイサン・ゼルナー/製作:ラース・クヌードセン タイラー・カンペローネ ネイサン・ゼルナー デビッド・ゼルナー ジョージ・ラッシュ ジェシー・アイゼンバーグ デビッド・ハラリ/製作総指揮:アリ・アスター ガス・ディアードフ リジー・シャピロ アンドリュー・カーペン ケント・サンダーソン ライリー・キーオ ジーナ・ガンメル ジェフ・ハル マイケル・クロファイン ジョン・モンタギュー デビッド・エクルズ ミネット・ネルソン トッド・トレイナ フレッド・ベネンソン トファー・リン ウィリー・ホール デビッド・タイラー・ピアソン コリーン・バトラー ジェニファー・8・リー/脚本:デビッド・ゼルナー/撮影:マイケル・ジオラキス/美術:マイケル・パウスナー/衣装:スティーブ・ニューバーン/編集:ネイサン・ゼルナー デビッド・ゼルナー ダニエル・ター/音楽:オクトパス・プロジェクト
出演:ジェシー・アイゼンバーグ/ライリー・キーオ/ネイサン・ゼルナー/クリストフ・ゼイジャック=デネク
ゼルナー兄弟って知らないなー、若い人かなーと思っていたのですが『トレジャーハンター・クミコ』の監督なんですね。しかも一時U-NEXTで、邦題のインパクトも手伝って異彩を放っていた『恐怖のセンセイ』では製作もやってる? そりゃ変な映画撮るはずだわ。そういや『恐怖のセンセイ』ってジェシー・アイゼンバーグ出てたわ……。
いろいろ繋がっているものだなと感慨深くなりながら鑑賞した本作ですが、大変おもしろかったです。内容はセリフなし、ストーリーらしきものもなし。しいて言えば文明を持たないがゆえにそれなりに波乱に満ちた暮らしを送っているサスカッチ一行の生態を追いかける架空のネイチャードキュメンタリー的風味が強いのですが、それだけに楽しみ方も見る側に委ねられていて。
絶滅危惧種の彼らを通し、環境破壊について思いをはせるもよし、食べて排泄してセックスして死んでいく日々の暮らしに人の営みを重ねるもよし、アメリカの大自然と壮大な音楽に疲れた心を癒すのももちろんアリ。山好きな私はわりと癒されモードで観はじめましたが……彼らの日常わはりとハードモード。ときどき山歩きをする人間としては、危険がいっぱいだなと気持ちを引き締めたり、いつかサスカッチに会ったらどう対応すべきかしらと思案したり……なんといいますか、この自由度の高さがいいですね。いずれ配信に来たら暗くした部屋で流して、観るともなく眺めながらぼんやりしたいものです。
あとオクトパス・プロジェクトによる音楽がとてもよい。久しぶりにサントラ買って絶賛ヘビロテ中です。