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クライム101(TOHOシネマズ梅田)
高級なスーツと時計を身に着け、悪者だけをターゲットにし、痕跡は一切残さない。そして、必ずアメリカ西海岸線を走るハイウェー101号線に出没するという独自のルールのもと、白昼堂々、狙ったものを確実に奪う犯罪者デーヴィス。4年間にわたり一切のミスもなく完璧な犯行を繰り返してきた彼は、人生最大の大金を得るため、高額商品を扱う保険会社に勤めるシャロンに接触し、共謀を持ち掛ける。しかし、その選択が思わぬ綻びを生む。1100万ドルの宝石をターゲットにしたシャロンとの裏取引は成功したかに思えたが、犯罪組織や警察、そしてデーヴィス捜査網を敷くルー刑事らの思惑が絡み合い、彼の犯罪計画とルールは次第に崩れていく。
引用:映画.com
原作はドン・ウィンズロウ、90年代の傑作『ヒート』を彷彿とさせる犯罪映画とのふれこみだったが、蓋を開けてみればその主題は『ヒート』とはまったく逆。自分なりの倫理観を忠実に守る硬派の銀行強盗、実直でワーカホリック気味の刑事、美しい女と、この手の映画にはお約束とも言えるキャラクターがメインとして登場し、ドラマは一見ステレオタイプな体裁で始まるが、そこで描かれるのは派手なアクションでもなければ立場の違う男同士の絆でもなく。むしろそういったものを現代的な視点で捉えなおす、新鮮さの感じられる作品だった。3人は101号線沿いという象徴的な場所を舞台に、ほんの一瞬交わり、それぞれ作用し合いながら、自分がずっと違和感を感じていた場所から解放されていく。
銃撃戦やカーチェイスを楽しもうとすると肩透かしを食らう、ドラマ部分に重きの置かれた作品だが、メインキャストの3人(クリヘム、マーク・ラファロ、ハル・ベリー)はもちろんニック・ノルティ、バリー・コーガン、モニカ・バルバロなど脇を固めるスターも実力派で見ごたえがあるし、古式ゆかしいクライムものを換骨奪胎しているとはいえ、先達にもしっかりリスペクトの感じられる小物使い(特に車)やスティーブ・マックイーン作品への言及も好ましい。101号線を俯瞰で捉えるショットも印象的かつ示唆的だし、クリヘム史上ぶっちぎりで情けないナンパシーンも楽しかった。
ちなみに、原作は1時間くらいで読める中編だ。当然映画よりずっとシンプルな話だが、これはこれで江戸落語の人情話みたいな趣があっておもしろかった。原作本に同時収録されている別の短編には、マーク・ラファロが演じたルーがチラッと出てきたりもする。
死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ(テアトル梅田)
第2次世界大戦中、アウシュビッツ強制収容所で数々の人体実験を行い「死の天使」と呼ばれた医師メンゲレ。人類学者でもあった彼は優生学に取り憑かれ、子どもたちに想像を絶する実験を重ねたほか、ナチスが「非社会的」分子とみなした人々や多くのユダヤ人をガス室へ送り込んだ。終戦後、彼は極秘ルート「ラットライン」を使って南米へと逃亡。ナチス時代の仲間が次々と捕まるなか、メンゲレはモサドの追跡網を巧妙にくぐり抜け、歪んだ思想を持ったまま日常に溶け込んでいく。
引用:映画.com
ヨーゼフ・メンゲレに関しては、ナチス政権下で優生学に心酔し、残酷な人体実験の指揮を取った人物……というくらいの知識で鑑賞。敗戦後、多くの戦犯同様ラットラインを使って南米に逃亡し、30年間モサドの追跡に怯えながらも結局逃げ切ったということはこの映画ではじめて知った(死んでからの調査でメンゲレであることが判明したらしい)。逃亡生活中もその思想は揺らぐことなく、支援者や同士と出会うたび第三帝国の復興を誓い合い、その使命感を生きる糧としていたようだ。しかし時代は変わり、同士はみな戦犯として捕らえられ、裁判に掛けられて死刑となる。長く疎遠だった息子にも会うが、それでも自分の過ちを認めることができず、次第に世界との溝を深め心を病んでいく。
本作はそんなメンゲレの逃亡生活を硬質のモノクロ映像で描きつつ、ところどころにカラーで過去の回想が挿入される形で構成されている。メンゲレの過去とはつまり、人間を家畜のように選別し、目を背けたくなるような実験を重ねて研究したあとは一切の迷いなく処分、もしくは骨格などを保存するため煮たり焼いたりする日々である。必要以上に悪趣味に寄らずドキュメンタリータッチで淡々と描かれてはいるが、カラーになっているというのは、この狂った研究の日々がメンゲレにとってもっとも正しく、輝かしい時代だったということの証左だろう。
全体的に抑えたトーンの作品だが、どう考えてももとよりまともとは思えず、年を重ねるにつれて精神状態も不安定になるメンゲレの30年間を演じるアウグスト・ディールが(演出、撮影、メイクなども含めて)素晴らしく、どこでどういうキレ方をするのか読めないサスペンスがしっかり135分持続する。原作は小説だが、長編小説の映画化にありがちなあらすじ感もなかったので、どんな脚色がされているのかという興味も感じている。
ブルームーン(なんばパークスシネマ)
「ザ・レディ・イズ・ア・トランプ」「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」などの大ヒット曲を生み出してきた作詞家ロレンツ・ハートは、長年タッグを組んできた作曲家リチャード・ロジャースが、ハートに代わる新たな相棒と組んで手がけたミュージカル「オクラホマ!」が初演された1943年3月31日の夜、ブロードウェイのレストラン「サーディーズ」で行われたパーティに招待されていた。そこで過ごす一夜でハートは、愛や嫉妬、焦りや憧れなど、交錯する自身のさまざまな感情と向き合っていく。
引用:映画.com
ミュージカル弱者の私でも知ってるブロードウェイの作詞家ロレンツ・ハートの、ある日ある店での数時間(1943年3月、もともとロレンツとコンビを組んでいた作曲家リチャード・ロジャースのパーティ会場でのあれやこれや)を会話劇のスタイルで描いている。伝記というよりは、いろいろなエピソードから浮かぶロレンツの人物像や人間関係をパーティというシチュエーションに集約、再構築。内容には創作の部分も多いらしい。この年の11月に47歳で亡くなるハートは、作中でもすでにいろいろなトラブルからキャリアもすっかり翳り、メンタルも不安定そうだ。
映画はそんなやるせない彼の生涯にも触れてはいる。ただしそれよりも観ていてダイレクトに伝わるのは、社会人であれば比較的誰にでも起こりえる身近な事故、「行かなきゃよかった飲み会」に顔を出してしまった時の居心地の悪さだ。最初からアウェイであることは明白なのに、人恋しさや欠席裁判怖さについつい出向いてしまい、結果知りたくもない他人の出世話やリア充っぷり(死語!?というか死語という言葉がもう死語か)を聞かされたり、あまり知られたくない停滞気味の近況を詮索されたり。さらにそんな現状を知られたくなくてつい見栄を張ってしまったり、気のいい若者を見つけ、うっかり調子に乗って自慢話や説教じみたことを言ってしまって、あまつさえ浮かれてワンチャンに賭けてしまうまである。しかもそんな醜態は、まわりの人にもバレバレで……。
私もお酒はそこそこ好きなので、過去にはその日のメンタルの状態で調子に乗ったりバッドトリップしたり……周囲に迷惑を掛けたことがないとは言えない。観賞中はそんな黒歴史を思い出して、(こんな内容だと思っていなかったので)意図せず結構なダメージを受けてしまった。どうしようもなくかっこ悪いハートに対して周囲の心優しさが沁みる幕引きにしても、「この扱いって彼が天才作詞家だからだよね」と思うと、キャリアなんてものはまったくなく、さらにはひとりっ子、未婚、子なし、親戚とも疎遠という、いずれ天涯孤独確定の孤独な老人予備軍としては恐怖しかない。
本作は身長が152センチだったロレンツ・ハートを、身長179センチのイーサン・ホークが演じていることでも話題となった。なので一見ワンシチュエーションのシンプルな会話劇ながら、実はイーサン・ホークの全身は映せないなど、なにかと制限のある状況下で撮影されている。じっくり観ればそのあたりの技術面もおもしろそうではあるのだが……見返すにはなにぶん内容がハード。再鑑賞の際はうっかり共感性羞恥に呑まれないよう注意したい。
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