映画『ARGYLLE アーガイル』感想 どうしちゃったのマシュー・ヴォーン(ネタバレあり)

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引用:映画.com

目次

あらすじと作品情報など

謎のスパイ組織の正体に迫る凄腕エージェント・アーガイルの活躍を描いたベストセラー小説「アーガイル」の作者エリー・コンウェイは、愛猫アルフィーと一緒にのんびり過ごす時間を愛する平和主義者。新作の準備を進めている彼女は、アルフィーを連れて列車で移動中に謎の男たちに命を狙われ、エイダンと名乗るスパイに助けられる。やがて、エリーの小説が偶然にも現実のスパイ組織の行動を言い当てていたことが判明。エリーの空想のはずだった世界と、命を狙われる現実との境界線が曖昧になっていくなか、敵の一歩先を行くべく世界中を駆け巡るエリーだったが……。

引用:映画.com

原題:Argylle/2024年/イギリス・アメリカ合作/139分/配給:東宝東和
監督:マシュー・ボーン
出演:ブライス・ダラス・ハワード/サム・ロックウェル/ブライアン・クランストン/キャサリン・オハラ/ヘンリー・カビル/デュア・リパ/ジョン・シナ/サミュエル・L・ジャクソン/アリアナ・デボーズ/ソフィア・ブテラ/リチャード・E・グラント

ざっくり概要と予告編(ネタバレなし)

マシュー・ヴォーンといえば『キングスマン』。続編にスピンオフと続々シリーズ化しつつ、確固たる世界観を築いていたというのに、このタイミングで新作?しかもまたスパイもの??

第一報を耳にした時は???と思ったものですが、続報によると「アーガイル」という人気スパイ小説を手掛ける作家が、本物のスパイたちの攻防に巻き込まれていくという、やはり『キングスマン』とは別のお話。さらにインタビューによると、自分の子供にも見せられるようなスパイものが作りたかったということで……そこでようやく、なるほどそういうことか、と。インスピレーション元として挙げているのはロバート・ゼメキス監督による1984年の『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』で、これまでと少し異なるのは主人公が中年女性(ブライス・ダラス・ハワード)ということなんですが、正直『キングスマン』は1作目以降あまりよいと思える出来ではなかったし、興行的にももう一つだったらしいし。ここらで心機一転という気持ちも、なきにしもあらずなのかもしれないなと思ったり思わなかったり。

ちなみに私自身は、マシュー・ヴォーンのセンスは嫌いではありません。古今東西のアクション映画に影響を受けつつ、個性溢れるスマートなアクションがなんともいえず心地よかったり、イギリス人らしくちょっといじわるだったり冷たく感じるところが上手く作用した時に発動するエモーションだったり、魅力を感じるところはいろいろあるのでそれなりに期待はふくらみます。しかも今回は(今回も)キャストが超豪華。さくっと挙げるだけでも、主演は先にも書いた『ジュラシック・ワールド』のブライス・ダラス・ハワード、『ジョジョ・ラビット』のサム・ロックウェル、『マン・オブ・スティール』のヘンリー・カヴィルに、ヴォーン組からはサミュエル・L・ジャクソンソフィア・ブテラ、さらにはブライアン・クランストンキャサリン・オハラアリアナ・デボーズリチャード・E・グラントデュア・リパジョン・シナって……すごすぎ!

もうこれは、彼らの顔を観に行くだけでも入場料分はペイできそう。そんなことを思いつつ、公開時にはそれなりに心をときめかせながら、そさくさと劇場へと足を運んだのですが。

感想(ネタバレ注意)

以下、ネタバレがあります。

やりたいことはわかるんだけど

楽しめる部分はそれなりにはあったし、キャストもスター、実力派揃いなだけに見ごたえはありました。でも今回、レイティングを外したことでより一層加速した、「マシュー・ヴォーンの持ち味でもあるマンガっぽいアクション」を、アリにするには圧倒的にドラマが弱い。せめてキャラクターにもう少し魅力があればよかったのですが、いまいち誰にも共感できないし、かといって嫌悪感も感じない。つまり興味が持てないから、本来大好物なはずの「どこにでもいる人が実は○○」というアクション映画定番の設定も、そこに新味を感じさせる主人公の妄想(小説の内容)が絡んでストーリーが進むという設定も、結局全然響かなくて。

たとえばブライス・ダラス・ハワード演じるエリー。彼女はかつて敏腕スパイだったものの、いろいろあって記憶を操作されており、身内は全員ニセモノ、幼少期の思い出も作られたもの。大いに不憫な境遇ではあるのですが、そんな環境でも作家としてそれなりに成功しているし、冴えない中年女性ながら、別段そのことに葛藤(恋愛がうまくいかないとか、前向きになれないとか)も抱えていない。わけもわからずいきなり命を狙われるっていうのもかわいそうではあるのですが、とにかく終始映画全体のノリが軽いのでキャーキャー騒ぐばかりの面倒な人になってしまっているし、覚醒したらしたで今度はチート級に強いっていうのが都合がよすぎで、けっきょく「あらまあよかったわね」としか思えないまま。

エリーがスパイだと判明したあとも、二転三転する自身の素性に混乱したりもするものの、とにかく展開が転がりすぎるので、中盤以降はなんかもうお笑いのネタみたいになってくる。これまでの流れがひっくり返るカードを出されるたびにある程度までは「えええ!!」となるんですが、「実はそうじゃなかった」があまりにも続くので、そのうち何が出てきても、もう全然切実に響かなくなってくるんですよね。

引用:映画.com

サム・ロックウェル演じるエイダンは、映画におけるステレオタイプなスパイ(いわゆる007みたいなスーツで紳士な感じ)とは真逆(くたびれているし、性格もだらしない)なスパイとして登場。そのキャラクターそのものはサム・ロックウェルの雰囲気にとても合っているんですが、序盤から繰り広げられる「理想のスパイ像」を持っているエリーとの「あなたがスパイなんて信じられない!」「いや俺スパイだし」みたいな掛け合いや、エリーが、自身の書いた小説の中の完璧なスパイ、アーガイルとかけ離れているエイダンにだんだん惹かれてしまうことに動揺して(ロマコメみたいなテンションで)混乱してしまうところとかがなんかもう。

さすがに今日びジェームズ・ボンドがリアルなスパイの姿だと思っている人なんていないはずで、それを延々ギャグとして引っ張る感じがちょっと古い。だんだんエリーがイタい人に、それにまともに応戦してるエイダンはサムい人に思えてきちゃったりしたのですが、これは私の好みの問題なのかしら。ゆるくてドタバタしたコメディが嫌いというわけでは全然ないはずなのですが、本作に関してはあまりにも乗り切れず、若干の気恥ずかしさすら感じてしまいました。

アクションも中途半端

アクションは相変わらずいろいろとアイデアを取り入れてはいたのですが、今回はそれが物語とあまり調和してなかった感じ。もともとマシュー・ヴォーンのアクションはマンガっぽいつくりなのですが、これまでの作品では(レイティングがついていたこともあって)エグい部分はエグく、しっかりグロテスクに描いていました。人の命も基本的に軽かったですが、『キックアス』のビッグ・ダディや『キングスマン』のハリーの死に主人公はしっかりと衝撃を受けていたし、それが物語が大きく動くきっかけにもなっていて、結果としてお話に最低限の説得力を持たせていたと思うのです。それが今回はこれまでにも増して血が出ない、そんなにハードな人死にもない。だからマンガっぽいアクションが、本当のマンガになってしまいました。

たとえば、本作の冒頭のアクションシーンでもベースとなっていたジャッキー感。それなりに楽しいんだけど、ジャッキーなアクションをほぼVFXで見せられてもなんかなあ。そもそもマシュー・ヴォーンのアクションにそういうリアルは求めていません。でも『キングスマン』の教会のシーンなんかはアクション設計もカメラも複雑で、いわゆるアクションスターが身体能力を限界まで使って見せるアクションとは違う緊張感と臨場感がありました。そこにハリーの死があって、グッと気持ちを持って行かれたわけですよ。今回はアイスホッケーとか煙幕とか、アイデアは悪くないのにそれを物語の一部として調和させる工夫はなかった気がします。またソフィア・ブテラというアクションのできるスターを起用しておきながら、そこを生かしたシーンがほぼなかったのも残念でした。

おわりに

正直、ふくよかな中年女性がスパイを演じるというなら、アクションも含めてメリッサ・マッカーシーとジェイソン・ステイサムが主演の『SPY/スパイ』のほうがその設定の魅力を生かせていたし、監督自身が明言している『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』を今の視点で焼き直すというなら、サンドラ・ブロック主演の『ザ・ロストシティ』がとてもうまくやっていました。過去にはあらすじがとてもよく似ている『ロング・キス・グッドナイト』なんていう佳作もあって、そのあたりと比べてしまうと、どうしても本作は弱いです。とはいえ、決して見どころがないというわけではなくて、

  • オールスターキャスト感は楽しい
  • 後味は悪くない
  • 音楽の使い方はさすがのセンス

いわゆるポップコーンムービーとしてなら、ツッコミながらライトに楽しい時間が過ごせるのではないかと思います。

特に音楽の使い方はさすがのセンスなので、面倒なことを考えたくない日の鑑賞にはぴったり。実力派のキャストによる肩の力の抜けたお芝居もそれなりに見ごたえはありますので、あまりハードルを上げすぎなければ気楽に楽しめるのではないかと思います(上から目線で申し訳ない、マシュー・ヴォーン基本的には好きなんですよ)。

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