あらすじと作品情報など
山でのフリークライミング中に夫を落下事故で亡くしたベッキーは、1年が経った現在も悲しみから立ち直れずにいた。親友ハンターはそんな彼女を元気づけようと新たなクライミング計画を立て、現在は使用されていない超高層テレビ塔に登ることに。2人は老朽化して不安定になった梯子を登り、地上600メートルの頂上へ到達することに成功。しかし梯子が突然崩れ落ち、2人は鉄塔の先端に取り残されてしまう。
原題:Fall/2022年/イギリス・アメリカ/107分
監督:スコット・マン
出演:グレイス・キャロライン・カリー/バージニア・ガードナー/メイソン・グッディング/ジェフリー・ディーン・モーガン引用:映画.com
ざっくり概要と予告編(ネタバレなし)
思いのほか、地上600メートルがじわじわ来る作品です。わたしは高所恐怖症の気はまったくなく、むしろ高いところはかなり好き。山も絶景もビルの屋上も大いに好きなはずなのに、今回はかなり緊張しました。たぶん高さ以上に、あの細さと、降りる手段がないということが怖かったような気がするのですが、何はともあれ映画は8割高所で展開します。高いところ苦手な人はマジで気をつけて!
ちなみに本作、監督を務めているのはスコット・マン。これまで手掛けた作品は『タイム・トゥ・ラン』とか『ザ・トーナメント』とか。ざっくりカテゴライズすると、いわゆる手堅いアクション映画職人。加えて殺し屋だのマフィアだの男臭い世界ばかりを描いている印象があるのですが、今回はほぼ出ずっぱりの主要キャストが『シャザム!』のグレイス・フルトンと『ランナウェイズ』のバージニア・ガードナーということで。どういう経緯で本作を仕切ることになったのかは分かりませんが、ごく普通の女性が主役、派手なドンパチもなしなあたり、監督にとってもなかなか新鮮な作品だったのかなという気がしております。
感想(ネタバレ注意)
地上600メートル感がとにかく凄い
実は冒頭からしばらくは、いまいち乗れませんでした。だって最初のクライミングのシーンからして、主人公たちのパリピ感が気に障る。山登りはわたしの趣味のひとつですが、山でこんな騒々しいグループに会ったらかなり不快。とりわけ旦那さんは、すぐに退場するとはいえうさんくさいレベルのさわやかさがかなり鼻についてしまい、「これ、ぜったいあとでクズが発覚するやつだわ」なんて思っていました(本当にクズでした)。
だからその後の主人公ベッキーの病んだ暮らしにももうひとつピンと来ず(そこまで引きずるほど魅力的な男性に見えなかった)、しかもそのあと、傷心の彼女を救わんと訪ねてくる友人ハンターがもうなんかね、ほんと考えなし、昨今話題の迷惑系YouTuberという感じで。そもそもクライミングの心得があるとはいえ、長期間まともに外出すらできず、ひたすら酒浸りだった友人を強引に危険なチャレンジに誘うとかないし、動画撮りながら運転だし、不法侵入だし、靴クライミング用じゃないし。そんな彼女に「行かない」とはっきり言えない主人公にもイライラしてしまい、とにかく終始「全員うぜえ」と思いながら観ていたのですが。
鉄塔に上りはじめると、そのへんのモヤモヤはある程度落ち着きました。というか、どう考えても劣化甚だしい鉄塔のキイキイ音、体重をかけるたびぐらついてゆるむネジ、登れば上るほど強くなる風の音に、さらにはある程度まで登ったところで下に触れたカメラの映像が!
やばい、こわい、なんだこれ。一瞬ですがめまいがしました。高所映画といえば、2015年の『ザ・ウォーク』が記憶に新しいですが、わたしはこの作品、3Dで観たのです。それでもここまでゾワゾワクラクラしなかった。それなのに、なんで今回はこんなに怖いのか…。
(C)2022 FALL MOVIE PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
あまりに不思議だったので、あとで調べてみたところ、本作の撮影は、崖っぷちに実際のサイズよりも低い塔(30メートルくらい)のセットを建設して行われたとのこと。それを、切り立っていない側から地面を映さないようにしつつ俯瞰で撮影することで、高所にいるように見せていたのだそうで。つまり、塔から見えた地表って、多少の加工はされているかもしれないですが、ほぼ実景だったんですね。
わたしは今回の高所シーン、映画を観ている最中は、当たり前のようにグリーンバックとかだと思っていました。実景だとはつゆほども思っていなかった。それでも、直感的に「こわ!」と思ってしまったということは、やっぱりテクノロジーがどれだけ進化しようと、作り物ではないものがもたらす力みたいなのってあるんですね。まったく意識していなくても、作り物とそうじゃないものを実はなんとなく察しているというわけです。これにはちょっと驚くと同時に、なんだかほっとしたような気持ちにもなりました。
ゆるいところもかなりあります
これはもう、仕方がないです。本作は基本的には気楽に楽しむジャンル映画ですから、たとえばスマホの充電どれだけ持つんだよ、とか、あの場所にあの恰好でひと晩いたら、とりあえず寒さでどうになかなるんじゃないか、とか。風だって本来なら立っていられないくらいの勢いで吹いていそうだし、後半ではベッキーが自分のスマホを使ってドローンを操縦していましたが、ネット環境がないのに同期(?)とか、セッティングできるのかな(万が一のために事前にしていたのかもしれないけど、そういうタイプじゃないような)等々…。
分かってます。この手の映画に於いて、そういう突っ込みが大いに野暮なことは。でもやっぱり気になってしまったのは、どうしても登場人物に好感が持てなかったから。代償をしっかり支払うこととなるハンターはともかく、主人公が塔に登るきっかけはもうちょっと共感できるものであってほしかった。「やむにやまれない」事情があるような流れになっていれば、もうすこし自然体で楽しめたような気がします。
とはいえ、決定的に「これはやりすぎ」と思った、自撮り棒を使ってのハンターのアクロバティック過ぎるパフォーマンス(ハンターの身体能力がどうこう言う以前に、自撮り棒の強度がチート過ぎ)がきっちり腑に落ちるようになっているところは「なるほど」となります。そしてこのシーンがあるからこそ、「おなかこわすくらいで済みますかね?」みたいな(観れば分かる)シーンもなんかいい意味でリアリティがなくて(ベッキーの心象風景とも思えて)楽しめました。
で、最後。野暮ついでにもうひとつ。これは突っ込みというより素朴な疑問なんですが、この高さにいる人間って、どうやって助けるんでしょうね。上からかな。でもあのものすごい狭い場所に、ピンポイントに近づかなくちゃいけないんでしょ。気になります。でも救助劇を描くと、たぶんヘリとか飛ばさなくてはいけないわけで、お金もかかるし、そっちがメインになりかねないくらいのボリュームになっちゃいそうですね。
とまれ映画の楽しみが詰まってる
というわけで、以上、ちょっと興ざめなことも書き連ねてしまいましたが、それでもじゅうぶん楽しい映画でした。だってこういうエクストリームな状態を疑似体験できるのって、映画ならではじゃないですか。登場人物についても、趣味の登山、トレランで非常識な人に遭遇することがあってイラついているわたしじゃなかったら、別にそんなに気にはならないと思います。むしろ二人芝居で、ワンシチュエーショdンものとしては長めの107分、退屈させない演技力は素晴らしいし、加えて地上30メートル(10階建てのビルくらい、じゅうぶん怖い)での撮影をこなしていると思うと脱帽。これはぜひ、観るなら劇場がおすすめです。映像を大迫力で楽しんでほしいのはもちろんですが、音響もすばらしいので!