『グッド・ナース』感想 抑えた演出の行間からじわじわくる狂気(ネタバレあり)

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(C)Netflix
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あらすじと作品情報など

シングルマザーの看護師エイミーは自身も心臓病を抱えながら過酷な夜勤を続け、心身ともに限界を迎えていた。そんな折、彼女の部署に親切な同僚チャーリーが配属される。2人は友人として固い絆で結ばれ、エイミーは彼のおかげで自分や娘の未来に希望を持てるようになっていく。しかし病院でインスリンの大量投与による患者の突然死が相次ぎ、チャーリーがその第一容疑者として浮上する。
 
引用:映画.com
原題:The Good Nurse/2022年/アメリカ/121分
監督:トビアス・リンホルム
出演:ジェシカ・チャステイン/エディ・レッドメイン/ンナムディ・アサマア/キム・ディケンズ/マリク・ヨバ/アリックス・ウェスト・レフラー/ノア・エメリッヒ

ざっくり概要と予告編

Netflixお得意の、劇場公開しつつ、時間差で配信もスタートするスタイルで公開されました。この方法を取るということは、おそらく劇場公開をしなくては資格を与えられない賞レース狙い。つまりある程度の完成度なのだろうなと。

実際、1980年代から2000年初頭にかけて、400人以上の患者を殺害したとされている史上最悪のシリアルキラー、チャールズ・カレンの事件をベースとした実話もので、主演はジェシカ・チャステインエディ・レッドメイン。なるほど、賞レース狙いも頷ける題材とキャスティングですよね。

さらに監督は『ある戦争』トビアス・リンホルム。脚本家としてもマッツ・ミケルセンの一連の主演作品『偽りなき者』『アナザーラウンド』にも参加している方で、一定のユーザビリティも担保しつつ、信頼の置ける作り手といった印象です。

わたし自身はジェシカ・チャステインが大好きなので、かなり期待度高めで観賞しました。そして結論から申しますと、期待は裏切られず、これまでのトビアス・リンホルム作品同様、派手さはありませんが最後まで片時も目が離せない、強い吸引力を持った作品でした。

感想(ネタバレ注意)

※以下ネタバレあります。

抑えた演出と実力派の演技に震え上がる

まずは冒頭。クレジットに重なって始まるのは1996年のとある病院。容態の急変した患者に慌てる医師や看護師の姿が、フィックスで捉えられます。しだいに危険な状態となっていく患者を、じっと見つめるエディ・レッドメイン。エディ・レッドメイン演じるチャーリーがシリアルキラーということは予備知識としてありましたが、この時点では画面の中で起こっていることが彼の手によって引き起こされたものなのか、そうじゃないのかもよくわかりません。この状況がなにかのきっかけになるのか、どれくらいの重要性を持つのかも。

でもいきなりそういうドラマの部分がどうでもよくなるくらい、とにかく死んでいく患者をじっと見つめるエディ・レッドメインの表情にぐっと引きつけられます。何を考えているのかまったく分からない横顔。私は怖いとか、実は人の死を楽しんでいるのだろうかとか、そんなことにまったく思いをめぐらせることもなく、とにかく上手い演技というのは思考も奪うくらい「魅せる」んだよな…としみじみ感じた次第です。

もちろん、ジェシカ・チャスティンももちろんたしかな演技力の持ち主。主人公エイミーの人となりが明らかになり、抱えた問題や置かれた状況が明確になる序盤も安定のお芝居。ただし彼女が本領発揮するのは、だんだんチャーリーへの疑いが深まっていく中盤から後半にかけて。距離を置きたいけれど、それなりに親しくなってしまっただけに、急に避けるわけにはいかない。避けてることに気付かれたら、家族も含めて何をされるか分からない。告発したいけど病院をやめさせられたら困るし、でも患者がどんどん死んでいくのは耐えられない…と葛藤するところです。

とりわけ白眉は、持病とストレスからついに病院で倒れてしまうところ。 ふと気付くと枕もとにチャーリーが。どうやら介抱してくれたようだけど、点滴にやばい薬を混ぜて人殺しまくってる人ですよ。そんな人が起きたら横に居て、自分に薬のませようとしてるって超こわい。でも怖がってることを気付かれるのも危険。子供の面倒を見ているからと言ってくれるんだけど、いやいやいや…。エイミーの、平静を装おうとするんだけど、声がうわずったり、身体が震えたりする演技すごかった。ホラー映画とかもっとエンタメよりのサスペンスとは違う、リアルな恐怖を覚えた瞬間でした。

シリアルキラーより怖いもの

本作は史上最悪とも言われるシリアルキラー、チャールズ(チャーリー)・カレンが逮捕されるまでのドラマとなっています。でも作中クローズアップされるのは、チャーリーがなぜ犯行に及んだのかとか、エイミーがどうやって逮捕に至る活躍をしたのかではなく、病院という組織の闇

チャーリーは、400人以上もの人間を殺していると言われています。彼にとって終の職場となる、エイミーの務める病院にやってくるまでにも何件もの病院を転々としていて、どの病院でも彼が働き始めたタイミングで、急に死ぬ人の数が増えるわけです。そのたびにチャーリーは疑われていて、でも病院はチャーリーをやめさせるくらいで、告発しようとはしないんですよね。理由は世間体と、大事になると面倒くさいからです。エイミーがいた病院も、とにかくのらりくらりと警察の追及をかわしていて、いやな感じでしたよね…。

現場で働く看護師さんたちには「噂」としてチャーリーのことが知れ渡っていたようですが、彼、彼女たちも病院が協力的でない以上、騒いだら仕事を辞めさせられるかもしれない、下手をしたらチャーリーの標的になるかもしれない。関わりたくない、と考えるのも分からなくはありません。作中、警察がエイミーやほかの看護師に事情を聞こうとした際も、病院は頑なに幹部連の同席を条件にしていました。

こういう隠蔽体質は大企業には往々にしてあるものですが、それが人の命を預かる病院というところが本当に怖い話。もっと早くにどこかの病院が適切な対応をしていたら、もとより生活に問題を抱えてギリギリだったエイミーは心身をすり減らすこともなく、さらには400人もの犠牲者も桁が違う程度(それでも大変ことだけど)で済んでいたかも知れないわけです。

結局、この作品では最後までチャーリーのはっきりした犯行動機は明かされません。劇中ぽつぽつ語られる彼の過去から推測される環境要因みたなものはなんとなくわかるし、精神疾患があるようなそぶりも見られますが、そこに焦点が当たることもなく。これは実際、今も刑務所に入っているチャーリーが、犯行動機については口を閉ざしているからというのもあるようです。でもラストシーンで、刑事がチャーリーに動機について尋ねるんです。そしたら彼は「誰も止めなかったから」と発言。

これは人を殺したことの動機の説明にはまったくなっていません。 ここは、この映画がチャーリーというシリアルキラーの伝記的な物語、もしくは犯罪ものとして観賞していると「なにそれ解決してないじゃん」なのですが、組織の闇にクローズアップした社会派映画のクライマックスなのだと考えると、なるほど、合点がいくわけです。ほんと、もっと早く止められただろうと。

サスペンスではあるけれど

映画はあくまで静かに淡々と進んでいきます。カメラも据え置きが多く、感情を大きく揺さぶるだろう場面ほど引きがちな構図。でもそれが怖い。もしよく分からない理由で入院中の家族が死んでしまったら、感じのいい同僚がかなり高い確率でシリアルキラーだったら、それなのに病院や職場がまったく取り合ってくれなかったら…。

気持ちを無理やり盛り上げられないぶん、観賞中もいろいろな考えが脳裏をよぎっていきます。身近にも起こりえることだけに、細かに想像できてしまって震えました。サイコスリラーものを期待していたり、謎解きをしたい向きにはぱっとしない作品かもしれませんが、これが実話というのが最大のサスペンス。さらに自分ごととして、引き寄せて考えさせられてしまうところが社会派ドラマとしての出来の良さでしょう。

もちろん上手すぎる俳優陣の、押しつけがましくないのにどこまでもリアルな演技もあって、私はとても没入しました。 Netflixは一時に比べると利用頻度は減っているのだけど、今回のようにちょいちょい外せないオリジナル作品があるので解約できずにいます。欲を言えば、もうちょっと安いといんですけどね。