映画『クライ・マッチョ』感想 うたた寝するイーストウッドの夢を覗き見る贅沢な104分(ネタバレあり)

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あらすじと作品情報など

かつて数々の賞を獲得し、ロデオ界のスターとして一世を風靡したマイク・マイロだったが、落馬事故をきっかけに落ちぶれていき、家族も離散。いまは競走馬の種付けで細々とひとり、暮らしていた。そんなある日、マイクは元の雇い主からメキシコにいる彼の息子ラフォを誘拐して連れてくるよう依頼される。親の愛を知らない生意気な不良少年のラフォを連れてメキシコからアメリカ国境を目指すことになったマイクだったが、その旅路には予想外の困難や出会いが待ち受けていた。

原題:Cry Macho/2021年/アメリカ/104分
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド/エドゥアルド・ミネット/ナタリア・トラベン/ドワイト・ヨーカム/フェルナンダ・ウレホラ
引用:映画.com

ざっくり概要と予告編(ネタバレなし)

御年91歳(当時)のクリント・イーストウッドが、2018年『運び屋』に続いてふたたび監督、主演をつとめるとの第一報!これはもう、観るしかないわけです。わたしはけっこう本気で長生きしたいと思っているので、なにはともあれ「ゲン担ぎ」的な意味でも。

早速出かけた劇場は、平日の午前中だったこともありイーストウッドをドンピシャで体験してらっしゃるんだろうなーという世代の方々を中心に半分ほどの埋まり具合。自分が最年少じゃないか?みたいな現場は最近めっきり減っていたので、なかなか新鮮な体験でした。

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感想(ネタバレ注意)

※以下ネタバレあります。



脱力感に身を任せてみる

観賞後、まず思ったのは「ゆるい!」ということ。ストーリーは上記あらすじのまんまなんですが、とにかく緊張感がありません。70年代と設定された時代の空気を抜きにしても、マイクたちの行く手を阻むメキシコ警察やラフォの母親が放った追手はどこか間が抜けているし、マイクたちはちょいちょいピンチに直面するものの、いまいち緊迫感が漂わない。

イーストウッド映画でありながら、そういった危機はイーストウッド自身のスキルやパワーではなく、ラフォの機転、さらにはラフォが闘鶏用に飼っているニワトリ、マッチョの奮闘によってなんとなくなんとかなっていく。それが始終コメディみたいなトーンで繰り広げられるので、人によっては受け付けない、もしくは思っていたのと違う、ということもあるかもしれません。イーストウッドと少年=『グラン・トリノ』みたいなやつ!と思い込んで観ると、間違いなく度肝を抜かれるのでご注意ください。

とはいえこのノリ、記憶になくはないのです。思えば『運び屋』でも、マフィアたちがなんだかとても間抜けだったんですよね。こわもてでも実は人がよく家族思いだったり、相手が年寄りだとよくも悪くもタカをくくっていて相手にしなかったり。さらには主人公がまったく話を聞いてないみたい、だからどれだけ脅そうがまったく通じないみたいな、コントかよ!みたいなターンもあったようななかったような。

それを利用して主人公はいい思いをしたり、窮地を脱したりしていたわけで、思えば今回もかなりの割合でその系譜。さらに「実話ベース」という前提がなくなったぶん説得力は一段と乏しくなってしまっているのですが、特にイーストウッドに思い入れがない場合、最終的にはそこにうまく乗れるか乗れないかが、本作を楽しめるかどうかの分かれ道になるような気がします。

前作『運び屋』よりさらなる高みへ

とはいえ、だったら『クライ・マッチョ』は『運び屋』と同じような系譜の作品なのか?二番煎じなのか?と考えてみると、そこは案外そうでもなく。じゃあどう違うのかというと、それは家族の存在の有無です。というか『運び屋』はそもそも真っ向「家族もの」だったわけで。

『運び屋』の主人公アールは家族をないがしろにしてきた過去を償うために、犯罪に手を染めます。そしてそれによって警察には捕まるものの、「家族」というよりどころは取り戻す、つまり、帰るべきところに帰るわけです。でも『クライ・マッチョ』のマイクには、無条件につながることのできる唯一の存在「家族」がいません。『運び屋』と異なり今作の主軸となるのは、よるべのない老人が居場所を見つけるというところなわけです。

家族という主題に近づくにつれ、地に足のついたトーン(ややウェットに過ぎるのではないかというくらい)になっていく『運び屋』に比して『クライ・マッチョ』は物語が進むにつれ、どんどん浮き世離れしていきます。朽ちかけた家でただ死を待つばかりだったマイクは、いやいや踏み出した旅の道程でラフォとの絆を手に入れる、好きだった馬にふたたび乗り、自分を頼りにしてくれる人々に出会い、憎からず思う人ともめぐり会う。馬に子供に女って…齢90を過ぎていながらなんでもアリじゃないか。

クライ・マッチョ

(C)2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

行き当たりばったりな展開は都合がいいことこの上なく、不自然だろうと一蹴してしまうことは簡単です。でもわたしは『クライ・マッチョ』のそこが、とても気に入ってしまいました。だって映画なんてそもそもつくりものなのだから、都合がよくても、夢のようでもいいじゃないか。

いびつな映画ではあるけれど

「老い」は誰にでも訪れます。若い人にとってそれは、それはまだ考える必要のない遠い未来のこと。でも人生折り返しに入ったわたしは少しだけそれを実感しはじめています。まだ今はたいていのやりたいことができる体力とか余裕があるけれど、それができなくなるかもしれない瞬間が少しだけ見え隠れしているんですね。独身、子なし、ひとりっこ。今現在はパートナーがいるけれど、いつまで一緒にいられるのかわからない。仕事もいつまでできるんだか。ふと後ろ向きな気持ちになると、見える未来はそのまま旅に出る前のマイクなわけで。

そんなわたしにとって、南国の明るい光の差し込むあたたかな場所で繰り広げられる、まるでイーストウッドの夢みたいなおとぎ話はとても癒しになりました。別にわたしだって、90になって若い男子と恋愛をしたいとか、バイクで走り回りたいとか、本気で思ってはいませんよ。でもできればそれくらいになったら、縁側で昼間からビールを飲みながら、あるいは昼寝しながら、ひたすら幸せな夢を見たいなとは考えるわけで。

たとえばケン・ローチ監督の2016年の作品『わたしは、ダニエル・ブレイク』とか。これはこれで素晴らしい映画だけど、あまりにも切ない、やるせない。メンタルが落ちてるときに観てしまったら、なんかもうそこから病んでしまいそうな気さえします。でも悲しいかな、おそらくこちらのほうがスーパーリアル。そんなことわかってる。わかってるんだけれども。

だからこそイーストウッドには、今後もまだまだ「いい夢」を見せてもらいたい。「いい夢」を観ることができるんだよということを、実感させてほしい。せめて120歳くらいまでは、恋愛をしたり、馬や車を乗り回したり、近所の人に頼りにされたり、子供になつかれてうんざりしたり、ゴロツキに追いかけられたりしていてほしいものです。


おわりに、原作と映画化までのお話

ちなみに、原作は40年くらい前に上梓されたN. リチャード・ナッシュという人の小説らしいです(読んでない)。その後すぐイーストウッドが監督、ロイ・シャイダーが主演という形で映画化の話が進みはじめるも頓挫、後にシュワルツェネッガー(???)でも企画が持ち上がったもののうやむやとなり、ようやく今回実現となったとのこと。

原作の設定ではマイクは38歳なんだそうで、いや、38って全然若いじゃないか。まあ、今と昔では38歳の立ち位置は全く違うのだろうし、ロデオといえばスポーツ選手みたいなものだから寿命は短そうだし。小説の紹介を読むかぎり、もうちょっとジャンルものとしてスリラーやアクションに振っている感もあるので、こちらのマイクは「年寄り」というより「ピークを過ぎた人」くらいの感じなんでしょうね。

今回はそんな作品からイーストウッドがやりたい部分を抽出し、気の合った脚本家ニック・シェンク(『グラン・トリノ』『運び屋』」でタッグ)と組んで、練り直したというところなのでしょう。

小説は小説で(古さは否めなくとも)評価が高いようです。本作に合わせて新訳となっているとのことなので、読み比べてみるのも楽しいかもしれません。

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