映画『ザリガニの鳴くところ』感想 シンプルに生きるということを搦め手で描く(ネタバレあり)

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あらすじと作品情報など

ノースカロライナ州の湿地帯で、将来有望な金持ちの青年が変死体となって発見された。犯人として疑われたのは、「ザリガニが鳴く」と言われる湿地帯で育った無垢な少女カイア。彼女は6歳の時に両親に捨てられて以来、学校へも通わずに湿地の自然から生きる術を学び、たった1人で生き抜いてきた。そんなカイアの世界に迷い込んだ心優しい青年との出会いが、彼女の運命を大きく変えることになる。カイアは法廷で、自身の半生について語り始める。

引用:映画.com
原題:Where the Crawdads Sing/2022年/アメリカ/125分
監督:オリビア・ニューマン
出演:デイジー・エドガー=ジョーンズ/テイラー・ジョン・スミス/ハリス・ディキンソン/マイケル・ハイアット/スターリング・メイサー・Jr./デビッド・ストラザーン

ざっくり概要と予告編(ネタバレなし)

同名の原作がとにかくアメリカで大ベストセラーということで、日本での出版時もかなり話題になりました。本屋でも常に平積みだったのでずっと気にはなりつつも、チラ見してはミステリーは門外漢なんだよな、と手に取らないまま過ぎていき…。

そんなタイミングでの映画化であります。しかも主演は『フレッシュ』デイジー・エドガー=ジョーンズ『フレッシュ』、めっちゃおもしろかったんですよね。当時は彼女の名前すら知らなかったものの、意思の強そうな顔立ちとセバスチャン・スタンと絡んでも引けを取らないお芝居は印象に残っていました。あと、制作にリース・ウィザースプーンが名を連ねていて、このあたりもなんとなく期待の高まるポイントです。監督のオリビア・ニューマンという人は不勉強ながら全然知らなかったんですけど、2018年に『ファースト・マッチ』というレスリングを題材にした女子の青春ものを監督して高い評価を得、本作での起用につながったみたいです。わたしは今のところ観る予定はないのですが、Netflixで配信されているとのこと。SXSWで観客賞を受賞しているようなので、それほど構えて観なくてもおもしろい映画なんだろうなと思います。興味のある方はぜひ。

というわけで、劇場へはネタバレなしで行きました。観終わったあとのざっくりした感想は、おそらくミステリとしては原作のほうがしっかりと、隙なく構成されているんだろうなと。映画はやはり時間的に割愛しなくてはならない部分もあっただろうし、そのせいか謎解きよりもひとりの少女の生きざまというところによりクローズアップされていたような、つまりちょっと駆け足だった気がします(気がするだけですが)。

とはいえ、いちおうは「犯人は誰なのか」という目的に向かって進む物語。鑑賞前のネタバレはしない方が楽しめるつくりとなっています。ここでも決定的なところはできるだけ避けたいところなんですが、それだとあまり書くことがないような…。なので、この先はどうぞ観てから読んでくださいね。

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感想(ネタバレ注意)

※以下ネタバレあります。



湿地の少女をダイジェスト的に追う前半

広大な湿地帯を舞台に殺人事件発生から主人公カイアの逮捕、そこから彼女自身による幼少期の回想…と、スピーディなテンポで始まる序盤は、ぐっと画面に引きつけられた人が多かったのではないでしょうか。わたしもボートで逃げるアクションとか、湿地の雄大なロケーションもあって大いにテンションが上がりました。でも勢いがあるのはここまで。時間は巻戻り、カイアのこれまでの人生の回想が始まります。

DVパワハラ親父に家族が「参りました」とばかりにひとり、またひとりと出て行きます。でも最年少のカイアにはそれができない。気分の乱高下が激しい父親に怯えつつ過ごすも、そのうち彼もどこかへ姿を消してしまい、10歳くらい?にしてひとりぼっちになったカイアは、湿地で採った貝を売ったりしながらなんとか生活していきます。

でもひとりになってからのカイアの暮らしぶりそのものは、そこまで悲壮感はないです。たしかに大変だし、周囲からは変わりもの扱いされていますが、親身になってくれる大人もいなくはなく、友達になったテイトという少年は読み書きを教えてくれます。なによりカイア自身の佇まいがひどくたくましく描かれているので、なんだか女性版ハックルベリー・フィンみたい。あとものすごくキレイなの。髪もつやんつやんで、日焼けとかしないのか?まあ、そこは映画だからいいのか。

そんなことを考えている間に、すっかり成長したカイアはいつしかテイトと恋仲に。このあたりから急に雰囲気はロマンス色が濃厚に。とにかくラブラブなふたりですが、やがてテイトは進学のためにこの土地を離れなくてはならなくなります。カイアにとってそれは青天の霹靂。

ザリガニの鳴くところ

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ふたたびひとりぼっちになるカイアですが、あらまかわいそうに、と思ったのもつかの間、今度はチェイスという男と知り合い、付き合い始めます。ところが彼がまたね、二股は掛ける、別れ話したらDVパワハラ激しい、ともういいところなし。いやー、カイアとんでもないのにつかまっちゃったよ!と思ったところに、なんとテイトが再登場。カイヤ的には「今さらなんやねん」ですが、テイトったら「君のことが忘れられなくて」って…あれ、わたしメロドラマ観に来てたんだっけ。いや違うぞ、ミステリーだったはず。そういえば最初の殺人事件どうなったよ。

はっと本筋を思い出したところで、ようやくチェイスが死亡。そうか、死んでいたのは彼だったのか。

後半、ようやくエンジン始動

ここから舞台は現代に戻り、法廷へ。やっとミステリーぽくなってきます。でも法廷編も序盤はちょっとたるかった。だって、犯人探しをしようにも、犯人候補の頭数がいないんですもの。しかもカイア犯人派は彼女が「変わり者だから」「学校や町になじまなかったから」という曖昧な発言を繰り返します。プロらしからぬ決めつけばかりなので、なんだかうさんくさく聞こえてしまいます。

一方カイアを犯人だと思わない派も、彼女が「不憫な子供だったから」「体力のない女性だから」「本まで出している(カイアには絵の才能があり、本を出版します)知的な人間だから」と、カイアを印象だけで語っているわけで。デヴィッド・ストラザーン演じる弁護士がいい雰囲気なだけに流されそうにはなるものの、ちょっと甘すぎない?と思ってしまうわけです。

ところがここで、誰が犯人であるかということが、カイアの口から(登場人物に向かってではなく)観客に向かって、はっきり示唆されます。ここに至るまでにほとんど犯人は確定しているんですけど、わたしがずっと引っかかっていたのは、なぜこの物語の結末がそうなるの? そうなる物語が、どうしてこんなに人の心をつかんだの? というところだったので、そこがこの部分での発言でするりと腑に落ち、併せて、本作がやりたいのは犯人探しじゃないんだということも得心。どこまでもぼやかした書き方で申し訳ないのですが、良くも悪くも思い込みで人を判断する人だらけ、というこのグダグダ裁判の意図するところも分かってきて、ちょっとあからさまな気もするものの、「なるほど」と思っているうちに裁判パートは幕引きとなります。

共感はしにくいが魅力的な主人公の巧さ

というわけで、前半と後半の途中までをざっくり分けて感想をしたためてみたのですが、なんだかよく分からないですね。観てもらえば分かると思うんですが、おもしろかったのかということすら分かりづらい感想です。でもたぶん、単純によかったのか合わなかったのかの2択でいくと、よかったのだと思います。印象に残ったのはやっぱりカイアという主人公。デイジー・エドガー=ジョーンズの佇まいも手伝って、なんだかとても独特の存在感があり、クズ男にひどい目に遭わされようが、逮捕されようが、あまり悲壮感がないというか、どこまでもたくましい。もうぶっちゃけ、ひとりで生きていけそうな気さえする。でも実は、心の奥では「孤独」に対しては大きな恐怖心を持っていて…。

私はおそらく、上述した「あるせりふ」までは、カイヤには強く引きつけられつつも、この強さと弱さのアンバランスさに若干の違和を感じていた気がします。悪い意味で「何考えてるか分からない」「どうしたいと思っているのか分からない」という感じ。

ただ、終盤以降はその一見理解しがたい言動や振る舞いの数々が、小さな頃から一人で生きてこなくてはならなかった彼女が、特殊な環境下で学んだサバイブ能力なんだということが分かってものすごくつながりました。学校教育を受けることもなく、家族や友人とコミュニケーションを取ることも出来なかった少女は、「孤独」を含めた「自分を脅かすもの」に対して、こういう方法でしか立ち向かうすべを持っていなかったんだなと。

だから事件のあと、カイヤがあの場所で一生を終えるっていう流れもすごく自然でした。昨今の女性映画となると、自由を得た女性は大抵、外へと向かいます。なんなら男なんか相手にせず「大学でもっと勉強してシングルライフ満喫」なんて流れに持って行きたくなるところ。それはもちろん悪いことではないけれど、どこまでも生きることをシンプルに理解している彼女にとって、自分の生活が脅かされないのであれば外の世界へ行く必要なんかないわけで。

そういう、カイヤの偏屈な年寄りみたいなところ、すごく好きです。若い女性の主人公として、一周回って新しいとも思う。もしかしたらこれは原作の小説を書いたのが68歳の方だからというところもあるかもしれませんが、なんにせよ女性の解放=外の世界へ出て行くこと、バリキャリを目指すこと、みたいな風潮が強い昨今、基本陰キャなわたしとしてはこういうのもあり、いいんじゃないかと思うんですよ。

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とにかく原作が気になる

で、けっきょく行き着くのは、これなんですよね。おそらく、映画では描き切れていないところがたくさんあるんじゃないかと。

もちろん湿地の凄さとか、映像の方が伝わる部分もあるのは大前提として、(小説のレビューによると)やはりこちらはカイアの一人称がメインみたい。たぶん自然の中で暮らすうちに得ていく彼女なりの倫理、哲学がかなり自然に、しっかり書き込まれているのでしょう。

つまり、先にもちらりと書きましたが、カイアがあまりにも飄々としていて「何を考えているのか分からなくて戸惑った」部分が、文章のほうだとよりうまく表現されているのではないかと。カイアの「一生湿地に引きこもるという生き方」にわりと共感してしまった自分としては、そこはもう少し深掘りしてみたいところ。すぐにというわけにはいきませんが、そのうち読んでみようと思います。

2024年2月追記

「Amazon Audible」にて原作を読み(聴き)ました。

感想としては、映画はやはりダイジェスト感があったなということ。仕方のないことではあるのですが、丁寧な描写でじっくりゆっくり世界観に入っていける小説のほうが、かなり楽しめてしまいました。

読後の印象そのものは映画も小説も変わりませんでしたが、これからこの作品に触れるならまずは小説をおすすめしたい。それから映画を楽しむという順番の方が、より内容を堪能できると思います。

ただ、「Amazon Audible」はナレーションにかなり癖があります。好みが分かれそうな気がするので、できればKindleもしくは紙媒体をおすすめします。